「木綿豆腐に求めるもの」

 「あなたは木綿豆腐派ですか?それとも絹豆腐派ですか?」
「豆腐は、木綿豆腐だ」とこだわる方々はそれぞれ木綿豆腐に求めるものをお持ちのようです。例えば「歯ごたえが有るくらい堅くなくちゃだめだ」とか、「堅いから良いという訳では無く食感が悪い(ざらざらした)ものは嫌い」とか、「やっこで食べるのは絹だけど料理には火を通しても崩れにくい木綿を使うわ」などなど。たしかに木綿は豆腐の基本、スタンダードと言えるだけに、皆さんが木綿にこだわりを持つのも、豆腐屋の私にはうなずけるところです。

 さて、ここで、埼玉屋流の木綿豆腐の造り方を簡単にご説明致します。まず、絹豆腐状の寄せ豆腐を造ります。これには豆乳もにがりも濃度の強いものを使います。それを「ざる豆腐」のようにすくい取った後に、櫂で崩しを入れます。しばらくしますと、その崩しを入れた寄せ豆腐が脱水を始めます。これを、ぼうず(半球型の柄の付いたオタマのような道具)を使って、木綿の布を引いた箱型に入れていきます。この箱形に重石をかけ、適度に湯(水分)が切れるのを待って出来上がりです。後は水の中で箱形から抜きまして切断します。

 豆腐屋の私が当店の木綿豆腐に求めるものは、なんといっても絹豆腐よりも強い味わいです。絹豆腐状の寄せ豆腐を崩して湯(水分)を切っていますので、ある意味「圧縮」をかける訳なのですから、絹豆腐よりも濃い味わいとなるのが、当然といえば当然なのです。が、実は、そうとばかりは言い切れないようです。私の経験からお話し致しますと、崩しを入れる前の絹豆腐状の寄せ豆腐の凝固が未熟(攪拌過小または過多)ですと豆腐の味わいが水分と一緒に抜けてしまいます。その上、攪拌過小ですと木綿豆腐としての堅さが出ませんし、攪拌過多ですと舌触りがぼそぼそになってしまいます。というわけで、どうやら、味わいのある、かつ食感のよい木綿豆腐を造る基本は「絹豆腐状の寄せ豆腐」を完璧に寄せ上げることのようです。読者の皆様は驚かれるかも知れませんが、美味しい木綿豆腐の基は美味しい絹豆腐に有ったのです。

 そして、さらに私は調理に向く素材としての豆腐を木綿豆腐に求めています。ひとつの例として豆腐料理の定番「麻婆豆腐」をあげてみましょう。これは私個人の好みなのですが「調理後に豆腐がやや崩れているな」くらいの豆腐の堅さが丁度良いと感じています。また、唐辛子と中国山椒の強烈な風味や豆板醤の強い味付けに負けないぐらい濃厚な味を豆腐に求めています。豆腐の味が隠れてしまって、わからないようなら、麻婆豆腐を豆腐料理とは言えないでしょう。

 以上、色々と書きましたが、私は木綿豆腐に、そのまま冷奴としても食べることのできる食感の良さ、調理にも向く適度な堅さ、そして、味付けにも負けない濃厚な味わいを求めています。う〜ん、少々欲張りでしょうか?

 最近もっと欲張りになった私はこの埼玉屋流木綿豆腐に、さらに新しい進化を求めているところです。昨年より温め続け、製品化に向けて試行錯誤を繰り返して来た豆腐があります。それは堅さと濃厚な味わいを極限まで追求した木綿豆腐です。「堅豆腐」というのをご存知でしょうか?荒縄で縛って持ち歩いても壊れないというほど堅い豆腐です。
 埼玉屋ホームページのグループサイトに「喰いしごき調査委員会」という、世界の様々な食文化を紹介するホームページがあります。堅豆腐のことについては、このサイトを執筆している松島憲一さん(現信州大学大学院農学研究科)からお話を聞いたのが最初でした。松島さんが九州の農業試験場にお勤めだった当時、宮崎県の山村、椎場村で堅〜い豆腐の味噌汁を御馳走になり、その堅豆腐の濃厚な味に感激され、かつ、堅くても食感が良いということに、たいそう驚かれたとのことです。ちなみに、その時の様子も「喰いしごき調査委員会」の「宮崎山村編」に掲載してありますので、興味のある方はご覧になってみて下さい。堅豆腐は椎場村の他、石川県白山山麓など日本各地で山間部を中心に食べられていましたが、最近は少なくなってきているそうです。山間部だけではありません沖縄独特の島豆腐も堅い豆腐として有名です。

埼玉屋気合豆腐「木綿」 堅豆腐を使用した豆腐田楽濃厚な味と、堅くても食感が良いというこの堅豆腐、そんな豆腐の話を聞いてしまったら、豆腐職人の私としては、作ってみたくてたまらなくなったことは言うまでもありません。早速、見よう見まねで試作してみましたが、味が濃くて、かつ、食感の良い堅豆腐がとても美味しいということがわかりました。ちなみに、その試作の際の様子も「喰いしごき調査委員会」の「逸品再現小委員会」のコーナーに掲載しています。
 その後の研究の結果、この秋中頃より、いよいよこの堅豆腐の販売を開始することができそうです。読者の皆さんがこの十一月号を読まれる頃には、当店店頭で埼玉屋流の「気合堅豆腐」の姿をお見せする事が出来ると思います。
 もちろん、普通の木綿豆腐と同様にお料理していただければ良いのですが、その堅さを生かしたお料理も楽しいものです。ご参考までに堅豆腐料理のレパートリーをご紹介すると、串に刺して炙って味噌で「田楽」に、スライスして山葵醤油で「刺身」に、フライパンで色良く焼いて「ステ−キ」に、島豆腐の代わりにニガウリと炒めて「ゴーヤ・チャンプルー」に、パニール(インドのチーズ)の代わりに「パラク・パニール(ほうれん草のカレー)」に、はたまた、モッツァレラチーズの代わりにトマトとバジルで「カプレッセ」に、などなど、思いついたものを想像しただけでもよだれが出てきそうです。ひょっとしたらこの豆腐の販売開始を一番楽しみにしているのは私かも知れませんね。

 あなたは木綿豆腐に何を求めますか?秋晴れの日に散歩がてら、あなたの求めるものを探しに、ご近所の豆腐屋さんに足を運んでみてはいかがでしょう。


葛飾 気合豆腐
埼玉屋本店 
店主 新井 弘幸
浅草「並木藪蕎麦」で五年間修行後、祖父の遺言で在る意志を引き継ぎ家業(豆腐屋)に入り現在に至る。
光琳社 「食の科学」 2002年11月号に掲載分
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