「北海道から大豆の声が聞こえた」
それは今から約二年ほど前のことです。私は、その頃、既に、第一話でご紹介したホ−ムペ−ジ「日本一の大豆リンク集」の電子掲示板で大豆の情報などをやりとりしていたのですが、そのやりとりを見て、私のことに関心を持って下さった人がいらっしゃいました。その人は北海道の四国物産帯広支店に勤める佐藤修さんという方で、この方から、以下のような内容の電子メ−ルが私の手元に舞い込んだのです。
初めまして、四国物産の佐藤と申します。(中略)当社は良質の北海道産大豆を仕入れて販売しておりますので、貴店のご要望にも答えることができると思います。埼玉屋さんがご興味を持ち、試験的に使われている低蛋白質高糖質の大豆品種「タマホマレ」と成分表を見て比べていただいてもお分かりに成るように北海道の大豆も勝るとも劣る事は決して有りません。三銘柄の大豆をサンプルとしてお送り致しますので、試していただけませんでしょうか?
私がこのメ−ルから感じたことは、佐藤さんの「北海道の大豆に対する熱き思い」でした。それと同時に、私のような無名の小さな豆腐屋に、何を求めてこのようなことを伝えてきたのか?という疑問も湧いてきました。こういうことは放っておくと眠れなくなる性格なものですので、早速、電話を取り北海道の佐藤さんの声を聞いてみる事にしました。その時のやり取りを簡単に紹介します。
私「はじめまして、(中略)佐藤さん、北海道の大豆をサンプルとして送って頂けるそうで、ありがとうございます。成分表を見ても、とても美味しそうな数字ですね。ところで、佐藤さんもご存知のように、私は、今、タマホマレという大豆を気に入っていて、それを使いこなせるようにと努力しているところです。その上で北海道の大豆も試せというのは、私に対して、いや、タマホマレに対しての挑戦状ですか?(笑)」
佐藤さん「ははは、挑戦状だなんて大袈裟なものではないんです。私としては、埼玉屋さんで取り扱って戴けるかどうかは別と致しましても、タマホマレ以外にも美味しい豆腐ができる大豆が有るということ、そして、その美味しい大豆が北海道産であることを、どうしても埼玉屋さんに知って欲しいだけなのです。」
あまりにも熱く語られる佐藤さんの向こう側に、北海道産大豆の何かを訴えるような囁きが聞こえたような気がしました(って、私は特殊な能力が有る訳ではありませんが...)。これは取り掛からねば成るまい!
北海道の大豆の声を聞いてしまった以上、断るのは葛飾の豆腐屋の恥だ!と、フーテンの寅さんばりの葛飾の「粋」を、「意気」に変え、北海道の大豆を使った試作豆腐を造ることを佐藤さんと約束いたしました。
さて、数日後、待ちに待った大豆が北海道は帯広から送られて来ました。箱を開けると3つの袋が入っており、キタムスメ、トヨムスメ、音更大袖振という品種名がそれぞれの袋に記してありました。それらの袋の口を開け、その大豆達の声を確かめるべく大豆を手にとってみました。丸々と肥えた粒の揃った良い大豆達で、本当に豆腐にするためにつぶしてしまって良いのだろうか?と戸惑うぐらいでした。しかし、一日も早く豆腐になりたいという大豆たちの声が聞こえる(様な気がする)豆腐職人である私は、早速、これらの大豆で豆腐を試作してみることにしました。
試作の結果、どれも初めて扱う大豆にしては良い豆腐ができあがりました。これら3つの大豆品種による豆腐達の特徴を簡単に説明しますと、
キタムスメ:風味ある味と強い甘さのバランスがとても良い、タマホマレとは方向性の違う味ですが、ライバルとも呼べるでしょう大豆です。
トヨムスメ:味は平らですが突出した甘さが強烈です。コ−ヒーに角砂糖三つも入れたな!みたいな大豆です。
音更大袖振:キタムスメと同じ方向性の味ですが、やや強いです。甘さはトヨムスメより強いのですが、風味が強い分突出しません。が、やはり、甘すぎるのでは?と思います。
といった結果でした。
この試作豆腐の詳細は埼玉屋のホ−ムペ−ジ( http://www.saitamaya.net/ )の「豆腐屋の研究室」のコーナーにも掲載してありますので、ご興味をお持ちの方はご覧下さい。
どれもこれも北海道の広大な大地と自然を思わせるとても風味豊かなお豆腐でしたが、中でも特に私の心を惹いたのが音更大袖振大豆でした。この大豆は蛋白質がタマホマレよりも低く、豆腐を造りにくい大豆なのですが、いざ、豆腐と姿を変えますと、前述のように個性の強い美味しい豆腐になることがわかりました。
しかし、その当時の私は「タマホマレ」をなんとか自分のものにすることを目標に掲げている頃で、タマホマレが収穫後時間と共に熟成されるのかどうかを確かめたいということ、そして、熟成されるのなら、その熟成後の味の強さを活かした豆腐を造りたいということで頭が一杯でした。佐藤さんには、「これら北海道の大豆達もとても気にはるが、今はタマホマレ以外の大豆に浮気は出来ない」という、その時の私の気持ちを隠すこと無く、正直にお伝えしました。佐藤さんからは「埼玉屋さんに北海道の大豆の良さを知っていただけただけで、私にとっては、とても大きな収穫です。その上、惜しみなく埼玉屋さんのホ−ムペ−ジで今回の北海道産大豆の試作豆腐の情報を公開していただき感謝しています。」という、ありがたきお返事をいただいたのでした。そして「埼玉屋さんには良い大豆を揃えていつでもお待ちしておりますので、ご遠慮無く必要な時はお声をお掛け下さい。」とまで言っていただきました。
そして、時は流れて一年後、タマホマレをなんとか納得の行くよう使いこなすことができ始めた頃です。とある酒の席で、友人から「前に試作した音更大袖振のお豆腐、もう造らないの?あの時試食させてもらった、ざる豆腐の味が忘れられないよ。」と、訴えられました。今思えば、それは友人の口を借りて出てきた北海道産大豆の声だったのかも知れません。その言葉を聞いて、「北海道の大豆の声を葛飾から流せないだろうか?」と、アルコ−ルの回った頭で考えこんでいましたが、次の瞬間、酔った勢いとはいえ、とんでもないことを叫んでしまいました。
「ようし、音更大袖振大豆で日本一のにがり絹ごし豆腐を造ってやる!」
日本一とはとてもおこがましいことで、翌日、しらふに戻った時に大いに反省しました。が、しかし、これで、また一つ新しい大きな目標が出来たわけです。目標を得た職人は、水を得た魚のようなもので、活き活きとしてきます。当店はタマホマレ豆腐がやはりメインなので、音更大袖振豆腐は週末限定としてはどうか?など具体的な計画も、次々に浮かんできました。
そして、その日のうちに、再びあの北海道の大豆達の声を聞くために、電話に手を伸ばしたのでした。
気合豆腐「音更大袖振」 にがり100%絹ごし豆腐&豆乳、週末、金・土曜日限定販売致しております。
葛飾 気合豆腐
埼玉屋本店
店主 新井 弘幸
浅草「並木藪蕎麦」で五年間修行後、祖父の遺言で在る意志を引き継ぎ家業(豆腐屋)に入り現在に至る。
光琳社 「食の科学」 2002年10月号に掲載分
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