「世界一グルコン酸を愛する男」

 皆様、グルコン酸という物質の名前を聞いたことがありますか?豆腐用の凝固剤の一つで、正式名称「グルコノデルタラクトン」、略名で「グルコノラクトン」、「GDL」と呼ばれ、豆腐のパッケ−ジにもその名称で表記されます。この「グルコノデルタラクトン」という仰々しい名前を見てしまうと、どうしても石油化学薬品みたいなものを連想してしまいますが、実はブドウ糖を発酵(酸化)させてつくられるものなのだそうです(私には詳しい化学式などはわかりませが・・・)。このグルコノデルタラクトンを水に溶かすと「グルコン酸」という有機酸になり、それを豆乳に加えることにより豆乳中の大豆蛋白と結合し滑らかな豆腐が出来上がるというのです。実はこのグルコン酸は蜂蜜に含まれる有機酸の約70%を占めており、また、ビフィズス菌を増やす作用を持つ唯一の有機酸であるともいわれています。さらに、豆腐の原料である大豆にも元々、極微量ながら含まれていることも分かってきたとのことです。ここまで読んでいただいた読者の方には多少なりとも「グルコノデルタラクトン」のイメ−ジが変わってきましたでしょうか?
 ちなみに「グルコノデルタラクトン」や「グルコン酸」の名前の由来は、先ほど書きましたように原料のグルコ−ス(=ブドウ糖)から来ているそうです。

 現在、豆腐を扱ったホ−ムペ−ジや書物などで「にがり」を必要以上に美化させるための悪い比較材料として、グルコノデルタラクトンが取り上げられてしまっている例を時々見かけます。それらの中では「グルコノデルタラクトン」という仰々しい名前から来るイメ−ジの悪さを上手く利用していたり、「合成物質」「化学薬品」という読み手(消費者)にとっては印象の悪い言葉を妙に強調している(連想させている)場合も有るようです。私もそうですが、人間とは不思議なもので活字になっていることはさほど良く調べもしないで信用してしまう傾向にあるようです。そんなこんなで、世の中のグルコノデルタラクトンのイメージは必ずしも良くはないようです。
 こういった誤解を、一つ一つ絡み合った糸をほぐすように解いていく活動をしている方に出会う機会ができました。

 その方、Nさんとの出会いは、二通ほどの電子メ−ルのやりとりがあった後に、「明日お伺いしても宜しいでしょうか?」と突然電話を頂いたことに始まります。それは、なんてことのない一言に過ぎなかったのですが、私の耳には情熱がこもった何か特別な物を感じました。実際に会ってみた永井さんは、私がその電話で感じたとおりの情熱を持った人でした。彼は滔々とグルコノデルタラクトンについて語ってくれました。
凝固材としてグルコノラクトンを使用した気合豆腐「絹ごし」 それを機会にNさんと交流が始まり、ことあるごとに飲み明かし、語り合いました。インタ−ネットの掲示板などのやり取りを含めて、彼を深く知れば知るほどその人間性に惚れ込み、「彼の為に一豆腐屋として何か出来ないか?」と考えるようになってきたのでした。そこで国産大豆品種「タマホマレ」を、当店でにがりを使って作る普通の豆腐の場合同様に出来る限り濃く豆乳を絞り上げ、凝固剤としてグルコノデルタラクトンを100%使用して豆腐を作ってみることにしました。幾度とない試行錯誤を繰り返した後に、納得の行く絹ごし豆腐を造り上げる事が出来ました。この新しい絹ごし豆腐は、にがり絹豆腐では有り得ない弾力を持ち、酸凝固の特性である豆腐に残る弱い酸味が、にがり絹豆腐とは違った方向でタマホマレの風味を引き立ててくれます。この新しい豆腐「GDL絹豆腐」は、彼との出会いが有ったからこそ生まれた逸品だと誇らしく感じています。

 しかし、何故、彼がそれほどまでにグルコン酸に執着するのか疑問に思い、一度、尋ねた事がありました。返って来た返事は「グルコン酸には思い入れが有るので・・・」のひと言でした。敢えてこれ以上深く問わない方がこれから先も楽しく付き合えるのではないかと思い、グルコノデルタラクトン同様、「これから先も研究の予知有り」ということで、今は詮索しないことにしました。

 そうそう、今回の〆として、もうひと言有ります。彼がグルコン酸を語る時の、その熱い眼差しを評して、受け私の周りの友人達は彼をこう呼んでいます。
「世界一グルコン酸を愛する男」と!


葛飾 気合豆腐
埼玉屋本店 
店主 新井 弘幸
浅草「並木藪蕎麦」で五年間修行後、祖父の遺言で在る意志を引き継ぎ家業(豆腐屋)に入り現在に至る。
光琳社 「食の科学」 2002年5月号に掲載分
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