「熟成される唯一の大豆」
私のお店で豆腐の原料として使用している国産大豆品種「タマホマレ」は、前回お話ししましたとおり、香り、味、糖質が豊かで、主に味噌造りに使用されている大豆品種でありまして、一般的には豆腐造りに向かないとされている低蛋白大豆の一つなのです。この豆腐づくりが難しい大豆を、あえて美味しい豆腐と成すために一番欠かせない物は「気合」だと私は考えていますが、この「気合」については、また、後日、改めて語らせて頂く事に致します。
さて、このタマホマレで四季を通して豆腐を造り続けている間に、豆腐屋にとっては衝撃の旋律が聞こえてくるような、驚愕の事実を掴みましたので、内緒で皆様にお知らせしましょう。
現在では大豆を保存する定温倉庫が普及し、保存中の品質劣化はかなり抑えられていますが、一般に秋に収穫される大豆は、暑さで品質劣化が進む次の年の夏までの間でないと、美味しい豆腐が造れないと言われています。一方、タマホマレは採れたて新穀のうちは糖質のみが目立つ程度の豆腐しか出来ないのですが、一般的に劣化が進むとされる次の年の夏頃から、糖質はもちろん味と香りが強い豆腐ができるようになってきます。まさに、その頃から、まったりとしたタマホマレ独特の風味が完成され始めるのです。このような熟成する大豆品種は日本ではおそらく唯一タマホマレだけで、他の大豆品種では有り得ない「驚愕の事実」だと思います。
保存時間から得られるのは「劣化」では無く「熟成」。今回、読んで頂いたように、この大豆品種「タマホマレ」は、その名前の音が持つ感触通り、全くもって楽しい大豆でありまして、お店で扱っておりますと、日々、思わず「タマホマレ〜」と叫んでしまう衝動に駆られます。このタマホマレのような、扱い憎いが努力すればすばらしい結果が得られるという原材料との出会いが職人の資質を向上させるわけなのです。タマホマレのおかげで、魂が燃え上がるような、胸の熱くなるような仕事が出来る私は、豆腐職人の中で一番幸せなのでは?と感じる今日この頃であります。豆腐業界の方、どうぞ一度お試し下さい。
私のタマホマレに対する情熱と気合をご理解いただいた広島市の「リヨウコクシヨウジ」様より一年を通して熟成されたタマホマレを送り届けて頂いています。リヨウコクシヨウジ様、私どもは葛飾の一町店なので、私ども相手では、とてもご商売にはならぬとは思いますが、これからもどうぞよろしくお願い致します。
最後に私が初めてタマホマレの豆腐を食した時の感想を述べさせていただき、連載第二回目の〆とさせていただきます。
一口食べて「うわっ」と驚き、二口目で「じわっ」と泪がこぼれる。三口入れた時には、その泪も乾かぬ間に笑いが止まらなくなり思わず大声で叫んでしまいました。
「俺の豆腐はこいつだ、タマホマレだ!」
葛飾 気合豆腐
埼玉屋本店
店主 新井 弘幸
浅草「並木藪蕎麦」で五年間修行後、祖父の遺言で在る意志を引き継ぎ家業(豆腐屋)に入り現在に至る。
光琳社 「食の科学」 2002年4月号に掲載分
[1] esseiメニュ−へ
[*][TOPへ]