「小さなざるにのせた大きな思い」
当店、埼玉屋では「大ざる豆腐(第五話七月号掲載)」の他に直径10cm程の小さなざるを使用した「ざる豆腐」も造っております。
今を遡ること三年半ほど前、たまたま見ていたテレビ番組で、とあるデパ地下で売られている「ざる豆腐」に長蛇の列ができているという風景が映し出されておりました。「へぇ〜、こんな豆腐が売れるんだ。ふ〜ん。」とつぶやきつつ見ておりましたが、生まれつき好奇心が旺盛で新しいもの好きな私は、居ても立ってもいられなくなってしまいました。
早速、付き合いのある大豆問屋さんに、ざる豆腐用の竹ざるを取り扱っているかどうかを電話で問い合わせ、急遽、取り寄せることにしました。次の日には試作品を作り上げ、店頭に置いてみたところ評判が良かったため、その翌日には正式に販売を開始しはじめました。構想から3日間のスピ−ド決着でこの新商品が埼玉屋のレパ−トリ−に加わることになったわけです。もちろん、ざる豆腐造りの基本技術である「にがり絹状の寄せ豆腐を寄せる技術」をその時、既に習得していたという前提条件があっての話ですが。
先月号でお話ししました堅豆腐(第九話十一月号掲載)のように一年間構想を温め続け、その豆腐への思いがピ−クに達した時に、ようやく販売を始める場合もあれば、なんと、たったの三日で豆腐への感情がピ−クに達して新商品とすることもあるおかしな店主の私めでございます。
ざる豆腐は寄せ豆腐をすくい上げ、ざるに乗せて、豆腐自体の重力に任せて自然に脱水することによって味が凝縮されます。この小さなざる豆腐について、味へのこだわりはもちろんのこと、当店では形にもこだわってみました。写真を見てお分かりのようにざるを外すと上から下まで一体の球型となります。これは、ただ寄せ豆腐をざるに盛っただけの普通のざる豆腐とは一線を画するもので、おかしな店主のちょっとしたこだわりなのです。
実はこのざる豆腐にはもう一つ思い入れがあります。このざる豆腐を商品化としたことが、その後の埼玉屋に繋がる大きな「きっかけ」となったからです。そのきっかけとは、ざる豆腐について、さらに研鑽を積もうと、「ざる豆腐」についてインタ−ネットでキーワード検索したことにより、第一話(三月号掲載)でご紹介致しました「日本一の大豆リンク集」
(http://www.bea.hi-ho.ne.jp/ashir/link2.html)を知ったことです。この「日本一の大豆リンク集」の主催者は、当時、大豆振興等のお仕事をしておられまして、日本の大豆をこよなく愛する方です。その大豆への愛が仕事の枠を飛び出して、個人としても大豆や大豆製品を応援しようということで、このような個人のホ−ムペ−ジを創設されたと聞いております。その後、このホームページの掲示板等で、その主催者や常連の皆様と親しくお付き合いさせていただくようになりました。私がこのホ−ムペ−ジを知ったことにより、国産大豆品種「タマホマレ」にも出会えた訳ですし(第一話三月号、第二話四月号掲載)、北海道の大豆達にも巡り会えたのです(第八話十月号掲載)。さらに「世界一グルコン酸を愛する男」と呼ばれる方もこのホ−ムペ−ジを通して出会い知り会えたのでした(第三話五月号掲載)。もしあの時に「ざる豆腐」というキーワードを検索していなかったら、もし「ざる豆腐」を商品化していなかったら、このような出会いも無かったでしょうし、埼玉屋自体も不景気の波に呑み込まれ豆腐業界から足を洗っていたかも知れません。
このようにほんの小さなきっかけから沢山の素晴らしい人々に出会い、自分を高めて行くことができました。この小さなざる豆腐から生まれた出会いを大きな思いとして、ざる豆腐を造る際に小さなざるにそっと豆腐と一緒に乗せています。
「埼玉屋さんのざる豆腐は美味しいですね。」
とおっしゃっていただくお客様がいらっしゃいましたら、私はこう言葉を返すでしょう。
「造り手である私を沢山の方々が応援して下さっています。この小さなざる豆腐の最大の隠し味は皆様から頂いた大きな思いです。」
と。(やはり、おかしな店主でしょうか?)
本話でちょうど十話となりました、この「埼玉屋流豆腐屋おやじのこだわり」は今回を持ちまして終了させていただきます。これまでで、私の持つ豆腐へのこだわりや思いを全て活字にすることが出来たと思っております。稚拙な内容でしたので読者の皆様にはとても申し訳なく思っておりまして、毎度、原稿を送付するたびに、頭の下がる思いでした。褐琳の担当の方々、また、私の乱れた文章を校正していただいた信州大学大学院農学研究科の松島憲一さん、ありがとうございました。生涯のうちに、このような機会は二度と無いと思いますので人生最良の記念とさせていただきます。お付き合い下さいました読者の皆様に深深と頭を下げお礼を申し上げます。本当にありがとうございました。
次は、是非、御花茶屋の当店埼玉屋店頭でお会いしましょう!
葛飾 気合豆腐
埼玉屋本店
店主 新井 弘幸
浅草「並木藪蕎麦」で五年間修行後、祖父の遺言で在る意志を引き継ぎ家業(豆腐屋)に入り現在に至る。
光琳社 「食の科学」 2002年12月号に掲載分
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