Carlosの喰いしごき調査委員会
がまだせ島原編
第4話「炎熱の具雑煮・灼熱の卵」の巻

1.ある夏の暑い日の話
 ある夏の暑い日の話。その日の午前中は島原市内の島原城(注1)を観光していた。天守閣の中はまだ涼しかったが、午前中とはいうものの屋外は日差しが強く、気温はさらに上昇し続けていた。流れる汗を拭き拭き城内をしばらく散策していると昼時になり、お腹も空いてきた。せっかく島原まで来たのだから島原名物を食べようということで、島原城の近くにある老舗・姫松屋さんで具雑煮を食べることになった。

2.具の沢山入った雑煮
具雑煮(島原市の老舗、姫松屋で) お店の自動ドアが開くと冷房の効いた店内から涼しい空気が流れ出てきた。汗に濡れた体に当たって冷たいほどだ。テーブルに付くと早速、島原名物の具雑煮を頼んだ。汗がだんだん引いてきて、外の暑さを忘れてしまいそうになった頃、具雑煮が運ばれてきた。
 この具雑煮、土鍋での中で、グツグツ煮えながら運ばれてきた。「具雑煮」とは具の沢山入った雑煮と言う意味だろうか、丸餅が五つ入っている他に、穴子、ごぼう、卵焼き、椎茸、凍り豆腐、レンコン、鶏肉、春菊に長崎白菜(注2)とちくわにカマボコ(注3)とかなりバラエティーに富んだ「具」が入っている。おダシは鰹節、とてもあっさり薄口に仕上がっていて、上品で美味しい。少し甘く感じるのは、この地方の甘めの醤油を使っていいるためと思われる。
 この具雑煮を食べていると、何だか懐かしい気分になってくる。私の実家でお正月に食べるお雑煮が島原風の流れを汲むお雑煮であり、この具雑煮と共通するところがあるからだろうか。

3.元は陣中食
発掘中の原城跡の遺構、城は島原の乱の直後、幕府によって埋められた。再々度登場、原城跡の天草四郎像(北村西望作)
 お店の説明によると、この具雑煮、起源は江戸時代初期に起こった「島原の乱」にあるそうだ。天草四郎を頭に原城(今の南有馬町(注4)に位置する。)に立てこもった農民達は、保存してあった餅、様々な野菜、手に入る海の幸などを鍋で煮込んで陣中食として食べて、幕府の大軍と3ヶ月以上もにらみ合ったのだ。この一揆軍の体力を支えた陣中食が「具雑煮」だったわけである。様々な食材を一緒に煮込んでいるので、今風に言えば「バランス栄養食」だったのだろう(むしろ「バランス籠城食」か?)。もちろん、今の具雑煮は具のバラエティーもさらに富み、陣中食・籠城食なんかではなく、一つのご馳走となっている。





4.灼熱の具雑煮
 その時はそんな歴史的背景なんてすっかり忘れて、美味しい!美味しい!と夢中になって具雑煮を食べていた。ふと気が付くと、引きはじめていた汗が、またも流れ出しているではないか。土鍋でグツグツと煮えている具雑煮をハフハフ、フーフーしながら食べている訳なので汗が出てきて当たり前だ。先ほどまで島原城内散策で蓄熱された太陽熱が土鍋の遠赤外線によって呼び戻されたようだ。店内はクーラーが効いているにも関わらず、体が胃袋を中心に暖まってきてしまった。暑いときに熱いものを食べると汗が引いたときに涼しくなるというが、汗が一向に引かない場合は、何時までも暑いままなのが良く分かった。

5.雲仙は山の上
蒸気が噴き出し、熱湯が湧き立つ雲仙地獄 お店に入ったときと同じく汗だく状態に戻ってしまったが、お腹と舌だけは十分に満足にさせてお店を出ることができた。島原城内散策時の太陽熱と具雑煮の土鍋熱を貯め込んだ我々は、この汗だく状態打破に向けて、午後は涼しい高原地に向かうことにした。目的地である雲仙(注5)は山の上にある避暑地であり、島原半島中心部にある温泉街である。我々を乗せた自動車は国道をどんどん山に向かって登っていき、だんだん眺めも良くなってきた。さらに車を走らせ温泉街に入ってきた頃、独特の硫黄の臭いが漂ってきた。温泉街の旅館やホテルの向こうに荒涼とした風景が広がっている。雲仙の地獄である。
 岩と石ころがむき出しになった地表から、高温の蒸気が吹き出し、高熱の温泉が湧きだしており、あたりは硫黄の臭いで充満している。まさに昔の人が描いた地獄絵図の背景そのものである。地熱と吹き出る蒸気のためか地獄内を歩いているとかなり暑く感じる。さらに午前中に島原城の上で燦々と照っていた太陽は雲仙の地獄の上でも衰えることはない。高原の避暑地に来たつもりが、下から焼かれて、上から蒸される灼熱の地獄を歩くことになってしまった。

6.炎熱の卵 
雲仙の地獄蒸し卵 地獄のあちこちで地熱を使って調理した卵やサツマイモ(注6)が売られていた。四角い蒸籠に卵やサツマイモを入れ、地面から吹き出る高温の蒸気で蒸すのだそうだ。卵売りのお婆さんにお金を払い、袋に入れられた地獄蒸し卵を受け取った。近くに簡単なベンチとテーブルがあったので、そこで卵を頂くことにした。
 袋から卵を出したのは良いが、この卵、蒸したてで恐ろしく熱い。素手ではとうてい持つことが出来ないくらい熱く、殻なんてしばらく剥けそうにない。しばらくテーブルの上を転がして待つこと数分、やっと、触れる程度までになってきたので、ゆっくりとではあるが殻を剥くことができた。小さく切った新聞チラシで包まれた塩を少し付け、固茹で(固蒸し)の卵を一口食べてみると。中はまだまだ熱く、口の中を火傷するかと思った。地獄の独特の雰囲気のためにそう感じたのか、温泉蒸気の威力か、はたまた、蒸すという調理法のためだろうか、普通のゆで卵より味が濃縮している様に感じた。
 しかし、この卵、本当に熱い。美味しいもんだから二つも食べたが、二つとも同じように熱かった。当たり前と言えば当たり前であるが、熱い卵を二つも食べたら余計に暑くなった。汗がポロシャツの中を瀧のように流れているのを感じた。

 結局、その日は、太陽、具雑煮、地熱、卵のおかげで、中から外から、上から下から、暑さと熱さに苛まれた一日であった。
 暑さで痩せたか?具雑煮と卵二つで逆に体重は増えたかも...。


注1 島原城: 1616(元和2)年、松倉豊後守重政の築城による。1964(昭和39)年に復元。現在、天守閣はキリシタン史料館、また、櫓は北村西望記念館、民具資料館などとなっている。
注2 長崎白菜: 別名「唐人菜」。白菜と名前にあるが、実際には白菜ではなく中国野菜ターサイの近縁種らしい(野菜園芸大事典)。お雑煮に欠かせない他、漬け物にも使われる。
注3 カマボコ: 二種類入っていたカマボコの一つは、卵で巻かれた白いカマボコで刻んだキクラゲが入っているものだった。これは子供の頃から私の大好物の佐藤蒲鉾店の「浪花巻」に違いない!
注4 南有馬町: 町の公式HPには島原の乱や原城跡に関する情報が詳しく載っている。
注5 雲仙: 雲仙観光協会のHP「るるる雲仙」にその歴史などが詳しく載っている。
注6 サツマイモ: 島原地方の呼び名は「といも」。雲仙でもこの名前で売られていた。


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