Carlosの喰いしごき調査委員会 1.呉豆腐をご存じ? 呉豆腐というものをご存じだろうか? 普通、豆腐は豆乳にニガリを加えて凝固させるが、この「呉豆腐」なる豆腐の場合は胡麻豆腐の様に豆乳をデンプン(注1)で固めるのである。普通のニガリ豆腐のような食感ではなく、いくぶん、ムッチリした食感であり、胡麻豆腐のそれを想像してもらえれば非常に近い。ただし、呉豆腐の場合は、普通のニガリ豆腐のように製造過程で圧縮による水切りや、水にさらすことがなく、豆乳をそのまま固めた訳であるので、味は大豆100%の味、豆乳そのものの味なのである。 しかしながら、私が最初に「呉豆腐」として、食したのは豆乳を固めたものではなく、「ピーナッツ豆腐」とパッケージに書かれたものであった。 2.ピーナッツ豆腐 パッケージに「ピーナッツ豆腐」と書かれていても、島原在住の親戚や、過去に島原に住んだことのある私の親父などは、それのことを「呉豆腐」と呼んでいるようである。 初めて食した呉豆腐(=ピーナッツ豆腐)は島原のお土産にもらったものだった。島原らしい食品ということで、知人が地元スーパーマーケットで購入してきてくれたものだった。胡麻豆腐より少し濃い色であるが、胡麻豆腐に似た質感でフルフルと皿の上で振るえているところが何とも美味しそうに見える。胡麻豆腐同様に醤油に山葵を少し乗せて食べることにした、が、それは間違いだった。この呉豆腐(=ピーナッツ豆腐)、おかずとして山葵醤油で食べるには少々甘〜かったのである。 3.カボチャの種、スイカの種 一般に大豆をすりつぶしたもの(豆乳を絞る前の状態)を「呉」と呼ぶことから、呉豆腐が大豆を原料にした食品であることは容易に想像できたが、文献(注2)によると、やはり、呉豆腐は本来は豆乳で作られるもののようである。さらに、「仏事のお料理として用意されることが多い」とあるところから、そもそもは日常食では無かったようだ。大豆から呉を作り、呉から豆乳を作って、豆乳から呉豆腐を作るという過程は確かに過程で行うには大変手間のかかることであり、日常食で無い訳も理解できる。 さらに、大豆は大豆でもキナコを原料にした呉豆腐もあったと、その文献に書いてあった。キナコを布袋に入れ水に漬けてもみ出したものを固めるのだそうだ。さらに、さらに、スイカの種、カボチャの種を干して引いて粉にしたものを原料とした呉豆腐もかつてはあったとのことである。ピーナッツ豆腐もこれらスイカの種、カボチャの種の呉豆腐と同じ発想・流れで「呉豆腐」と呼ばれているのかも知れない。 ちなみに、豆乳製の呉豆腐には甘味噌ダレ(注3)をかけて食べるのがオーソドックスな食べ方のようであり、市販の呉豆腐(豆乳製)にもこの甘味噌ダレが付いている。豆乳製の呉豆腐は、豆腐自体がピーナツ豆腐のように甘味は付けられていない。とはいうものの、精進料理や懐石料理での前菜の一品として食べるのには好適であるが、おかずとしてご飯と共に食べるには甘味噌が少々甘すぎるような気がする。 4.何故にニガリを使わないのか? 以前、宮崎県山間部の椎葉村で堅豆腐(菜豆腐)を食べたときに聞いた話。山奥で海が遠い椎葉村では海水から作るニガリが貴重品であったために、野菜の茹で汁を加えて豆腐を固めたとのことである(注4)。一方、島原は海に三方を囲まれた半島であり、海水は余るほど有ることから、ニガリも大して貴重品でもないはずである。なのに何故、ニガリを使わない豆腐が存在するのであろうか? 島原にも、もちろん普通のニガリ豆腐は存在する。それどころか、豆腐を原料にした「豆腐蒲鉾」(注5)という伝統料理も存在するなど、ニガリ豆腐はしっかり地域の食文化の特徴の一つとなっているのである。ということは呉豆腐はニガリの代用としてデンプンを使うことから生まれた「代用豆腐」のではないようだ。 5.呉の国か? 前にも書いたように、呉豆腐はそもそもは仏事に食べられる料理であったとのことであるので、精進料理の一品といえる訳である。歴史上、仏教に関しては中国大陸の影響力は大きく、精進料理も、そもそもは中国から伝えられたとされている。 精進料理が中国が伝来したものならば、この呉豆腐も他の精進料理と一緒に中国から伝わった物ではないだろうか。仮説として呉豆腐の「呉」は呉の国の「呉」(注6)を意味するものであるとすると、呉豆腐は「呉の国の豆腐」と言う意味になり、中国渡来説につじつまが合う。 が、しかし、前に書いたように「呉」は大豆をすりつぶした豆乳の原料のことを示す言葉であることから、どちらの「呉」が呉豆腐の「呉」なのかは、もう少し調べて見ないと何とも言えない。 6.島原だけではなかった。 さて、この呉豆腐、色々調べてみると島原だけのお料理ではなさそうである。お隣の佐賀県の焼き物で有名な有田では、地元の名物料理として呉豆腐が知られている(注7)。さらに、なんと、私の住んでいる福岡県久留米市のとあるスーパーマーケットでも「博多呉豆腐」という商品名での商品が売られていた。全国的にはあまり知られていないこの呉豆腐であるが、よく調べてみると、もしかしたら、もっと他の地域でも食べられているかもしれない。 ところで、先に書いた甘〜い呉豆腐(=ピーナッツ豆腐)であるが、結局、色々と試行錯誤の結果、食後のデザートとしてキナコをふって食べてみた。これが日本茶に合う、上品な和菓子に化けてくれて、とても美味しく頂くことができた。 注1 デンプン:「聞き書 長崎の食事(農文協)」によるとジャガイモのデンプンよりもサツマイモのデンプンの方がひき(こし、ねばり)がよいとのこと。豆乳4升にデンプンは8合入れる。ちなみに、一般には胡麻豆腐の場合は葛粉を入れる場合が多い。 注2 文献:注1同様「聞き書 長崎の食事(農文協)」である。 注3 甘味噌ダレ:味噌茶碗一杯に対し、砂糖茶碗半分を混ぜて作るタレ。「ぬた」と呼ばれる。 注4 堅豆腐: 喰いしごき調査委員会、宮崎山里、蕎麦仙人と百済伝説 編、第4話「豆腐を荒縄で縛ばれるか」の巻を参照されたし。 注5 豆腐蒲鉾:豆腐を崩してすり、藁づとに包んで蒸し揚げた料理。従来は正月、祝儀、法事の際に食べるものであったようである。また、生鰯のすり身を入れることもあった。現在では市販の豆腐蒲鉾はほとんどが魚のすり身入りである。 注6 呉:古代中国の国名であり、三国志の時代に孫権が起こした国名でもある。「唐」同様に中国そのものをさす言葉としても一部使われる。 注7 有田:有田の呉豆腐に関してはその名も「ごどうふ.com」というホームページがある。有田の呉豆腐について詳しい内容のサイトである。 ※上記のリンク掲載について、御不備等ございましたらこちらまで御連絡よろしくお願い致します。速やかに対処致します。 saitamaya.net webmaster Hiroyuki Arai |